HOME >> 研究開発 >> 陽子線がん治療とは

陽子線がん治療とは

がん治療の種類や放射線治療の原理、放射線の種類の一つである陽子線を使ったがん治療などを、一般の方にもわかりやすく解説します。

主ながんの治療法

現在、主ながんの治療には、「外科療法」、「化学療法」、「放射線療法」があります。患者さんの社会復帰を考慮した、QOL(Quality Of Life)の向上、副作用の軽減や、正常な臓器の維持などを考えると、放射線による療法は、かなりの効果を発揮しつつあります。
この効果を最大限に生かすには、より一層効果的な治療法の開発を進める必要があります。時には「外科療法」や「化学療法」を併用する放射線療法を行う場合もあります。

主ながん治療法の比較
外科療法 化学療法 放射線療法
治療に適するがんや場所 早い時期~中期の進行したがん

がんが体の一部分にあること
一般に末期がんや悪性リンパ腫や白血病

全身にがんが転移している場合
早い時期~外科的な手術ができない進行したがん

がんが体の一部分にあること
メリット がんがほぼ完全に治る可能性が高い がんの進行をくい止めたり、がんによる痛みや症状を抑えることが可能 体や臓器の形や働きが失われることが少ない

全身への負担が少ない

早い時期のがんは外科療法とほぼ同じくらい治る可能性がある
デメリット 体や臓器の形や働きが失われることがある

がんの進行の具合や体の状態、症状によってできない場合がある
がんがほぼ完全に治る可能性が低い

副作用が強く、全身に影響が出やすい
外科療法と比較すると体の一部分にある進行したがんは治りにくく再発の可能性もある

放射線療法をした体の一部分に副作用が残ることもある

いろんな放射線治療

現在、放射線療法には、放射線の種類、放射線発生装置ごとに様々な種類があります。

放射線の種類 放射線発生装置 特徴
γ(ガンマ)線 テレコバルト装置(60Co) 60Co線源から放出されるγ(ガンマ)線を利用

皮膚など体の表面から浅い細胞に副作用が出る場合あり
X線 リニアック(直線加速器) リニアックにて加速された電子をターゲットに当ててできるX線を利用

がん細胞が体の深いところにある場合、皮膚からがん細胞手前までの正常な細胞にダメージを与える場合あり
電子線 リニアック(直線加速器)・ベータトロン リニアックにて加速された電子線を利用

比較的皮膚から浅いがん細胞をやっつけるのが得意

がん細胞が体の深いところにある場合、皮膚からがん細胞手前までの正常な細胞にダメージを与える場合あり
速中性子線 サイクロトロン ガンマ線やX線、電子線と比べてがん細胞を壊す効果が高い

がん細胞が体の深いところにある場合、皮膚からがん細胞手前までの正常な細胞にダメージを与える場合あり
陽子線 サイクロトロン・シンクロトロン 正常な細胞を避けてがん細胞を狙いやすい
重粒子線 シンクロトロン ガンマ線やX線、電子線と比べてがん細胞を壊す効果が高い

正常な細胞を避けてがん細胞を狙いやすい
γ(ガンマ)線を使ったがん治療

60Coという放射性同位元素(常に放射線を出している物質)から放出されるγ線を使って、がん細胞を壊す治療です。より効果の大きい治療法への代替が進み、治療に用いる施設はほぼ皆無となりました。

X線・電子線を使ったがん治療

一般的な病院では、リニアックと呼ばれる直線加速器を使った装置が最も広く普及しています。
リニアックで発生させたX線や電子線は、がん細胞が深いところにある場合には、手前の正常な細胞に多く放射線が当たり、副作用が出やすいというデメリットがあります。そのため、強度変調照射(IMRT)により治療効果を高めるのが特徴です。

速中性子線を使ったがん治療

国内では昭和50年から平成6年まで放射線医学総合研究所にて、この治療が行われました。 この治療の特色は、①γ線やX線、電子線に比べて、がん細胞を壊す効果が高く、②酸素が少ない場所でのがん細胞に効果的(一般に酸素が少ないとX線での治療は効果があまり期待できない)ということです。体の中ではX線や電子線とほぼ同様の広がりを見せ、がん細胞が深いところにある場合には同じように副作用が出る可能性があるため、現在では実施されていません。

陽子線を使ったがん治療

若狭湾エネルギー研究センターで研究を行っている治療法です。現在、国内では南東北がん陽子線治療センター、筑波大学付属病院陽子線医学利用研究センター、国立がん研究センター東病院、静岡県県立静岡がんセンター、福井県立病院陽子線がん治療センター、兵庫県立粒子線医療センター、メディポリス医学研究財団がん粒子線治療研究センターで治療が行われています。浅いところの正常な細胞を避けて、深いところにあるがん細胞を効果的に壊すという特色があります。

重粒子(文字通り陽子より重い粒子、主に炭素)線を使ったがん治療

国内では、平成6年より 放射線医学総合研究所にて実際に治療が始まり、現在も行われています。群馬大学医学部付属病院重粒子線医学センター、兵庫県立粒子線医療センターでこの治療を行うことができます。この治療の特色は①がん細胞を壊す効果がX線より高い、②正常な細胞を避けて深いところにあるがん細胞を効果的に壊すことができる、などがあります。

陽子線がん治療とは

ここでは、特に効果的にがん細胞を壊すことのできる陽子線を使ったがん治療を解説します。

照射制御室

  • 照射制御室1

    一番上に照射系確認表示盤、その下に監視モニタ、さらに下の左から、画像参照装置、CTシミュレータ、CT撮影装置、X線透視装置

  • 照射制御室2

    照射スイッチと関連照射条件を入力する端末

  • 照射制御室3

照射室

  • 照射室1

    CT撮影装置(病巣位置決めも兼ねています)とCT・治療兼用ベッド

  • 照射室2

    陽子線出射装置

  • 照射室3

    CT・治療兼用ベッドを照射装置へ移動します

  • 照射室4

    床のレールに沿ってベッドを移動し、CTで決定した場所と同じところに陽子線の中心がくるよう設計されています

陽子線治療の歴史

陽子線治療の歴史は古く、1946年にWilsonによって陽子線の医学利用が提唱され、アメリカのカリフォルニア大学ローレンス・バークレー研究所において、Tobiasらによって陽子線による脳下垂体腫瘍を治療したのが始まりです。さらにその後、スウェーデンのUppsala大学、 アメリカのハーバード大学マサチューセッツ総合病院(Massachusetts General Hospital; MGH)において本格的な陽子線治療の臨床研究が行われました。日本においても、1979年に放射線医学総合研究所で70MeVサイクロトロンを用いた臨床研究が開始され、1983年には筑波大学で高エネルギー加速器研究機構のブースターシンクロトロンを利用した、肝臓がん、食道がん、肺がん、脳腫瘍などを主な対象疾患に、陽子線治療が始められました。
1990年には、アメリカのLoma Linda大学で病院内に陽子線治療施設が建設され、治療が始められました。現在、世界中で稼働中、または稼働予定の陽子線治療施設は多くあります。国内においても、南東北がん陽子線治療センター、筑波大学付属病院陽子線医学利用研究センター、国立がん研究センター東病院、静岡県県立静岡がんセンター、福井県立病院陽子線がん治療センター、兵庫県立粒子線医療センター、メディポリス医学研究財団がん粒子線治療研究センターが稼働しています。若狭湾エネルギー研究センターは平成13年度から平成21年度まで陽子線によるがん治療を行い、現在は、経過観察を進めています。

性質

電離放射線による生物に対する作用は、DNAに及ぼす損傷と考えられています。作用する大きさは、放射線が進む道筋(飛跡)に沿って生じる、単位体積あたりの電離する量によって決まります。 飛跡の単位長さあたりに与えられる平均エネルギーをLET(線エネルギー付与)と言います。LETは粒子が重くなるほど、体の深いところへ行くほど大きくなる性質があります。陽子線は、低LET放射線に属しX線やガンマ線、電子線などとほぼ同じくらいです。高LET放射線には、重イオン線、π中間子線、中性子線などがあります。荷電粒子線である陽子線や重イオン線などは、ブラッグ・ピークと呼ばれる、体のある深いところでエネルギー(粒子の速度)が小さくなって、止まる寸前に最高の電離を起こす現象がみられます。これをうまく利用すると、病巣に放射線を照射したくない臓器が接していても、比較的安全に病巣のみを効果的に治療することが可能です。

エネルギーの違いによるブラッグ・ピーク

エネルギーの違いによるブラッグ・ピーク

陽子線の線量分布 10MVX線の線量分布
  • 陽子線の線量分布


  • X線の線量分布


適応・効果

欧米の陽子線治療施設においては、眼球のぶどう膜悪性黒色腫、前立腺がん、頭蓋底腫瘍などが主に照射されています。国内においては、前立腺がん、肝臓がん、肺がんなどが主に照射されています。この違いは、欧米と日本との頻出する疾病の種類が異なるためです。いずれも、従来のX線や電子線による放射線治療では治療困難な部位や、機能を温存すべき部位への照射が可能で、高い成果をあげています。

照射方法・技術

陽子線治療は、かなりクリティカルな治療計画が要求されるため、従来の放射線治療とは一線を画する高度な技術が取り入れられ、また開発されています。
現在、開発・使用されている照射技術には以下のものがあり、若狭湾エネルギー研究センターでも、陽子線治療の高度化を目指した研究を進めています。
①パッチフィールド照射:病巣部分が大きかったり重要な臓器が隣接する場合に有用な方法で、照射範囲を複数に分割したり、様々な方向から照射したりする技術です。
②呼吸同期照射:肺や肝臓など呼吸により照射対象となる臓器が動く場合に、呼吸位相のある部分に同期して照射する技術です。
③高精度位置決め装置:体のずれによる移動誤差を減らす固定具や、CTやMRIを用いて高精度に標的の位置を決める技術です。
④高精度三次元線量分布計算システム:CTやMRIによって取得した画像データを元に、三次元空間における線量分布を適切かつ効果的に計画するシステムです。その際、標的には必要十分な線量を、また周囲の重要な臓器には最小限の線量ですむ計画が必要です。
⑤スポットスキャンニング:標的の形に合わせて、ビームを走査してさせる技術です。技術的には陽子線ビームのエネルギーを変えていき、拡大ブラッグピークの深さを順次変えていって標的に十分な線量を与えます。

陽子線を見てみよう
国内外の粒子線治療施設

ページトップに戻る